
「おはよう、私の可愛い眠り姫。一週間ぶりのお目覚めの気分は、いかがかしら?」
見間違えるはずもない。あの忌まわしい魔女の娘、ジュジュが、こちらを見下ろしている。ひいっ、と思わず息を呑み、そして自分の咽喉が確かに呼吸しているという事実に、重ねて驚愕するフィオナ姫。心臓は早鐘となって鳴り響き、よみがえった恐怖がたちまち口の中をカラカラに干上がらせる。生きている――まぎれもなく自分が生きていることを、あらゆる感覚が証明していた。
「そ、そ…んな、どうして――私は、あのとき確かに、たしかに短剣でこの胸を、突いて、し、死んだ…はず――」
「えぇ、そのとおりよ。心臓をひと突き、迷いのない切っ先。惚れ惚れするくらい、美しいお手並みだったわ♡」
「じゃ、じゃあ――なぜ、私は、今もこうして……」
「エリニュスの魔女を甘く見ないことね。私の目の前で負った傷なんて、蘇生魔法でいくらでも治療できるわよ。たとえ致命傷であろうとも、ね。きれいな傷口だったし、逆に治しやすいくらいだったわ♪」
「う、うそよ、そんな…そんなことって――」
普通の状態であれば、とても信じられない与太話である。しかし他でもない、フィオナ姫自身の肉体に満ちた生気が、ジュジュの言葉が真実であることを物語っていた。
「まぁ、おかげでフィオナの気性もよく分かったし、気を失ってる間にいろいろと下ごしらえも出来たから、ちょうど良かったけどね」
「した…ごしらえ…?」
「そう。私の手の届かない場所へ逃げようだなんて、二度と思わせないわ。気が狂ったら何度でも正気に戻して、死んだらそのたびに生き返らせてあげる。死神の手さえ、私からあなたを奪うことは出来ない。あなたはもう何処へも、狂気の涯てへも、死の国へも逃れられないのよ。――もっとも、いまのその状態じゃ、自殺どころか、何ひとつ満足には出来ないでしょうけど、ね」
ジュジュの最期のつぶやきには、背筋が凍りつくような毒が含まれていた。冷たい胸騒ぎに襲われ、あらためて自分が置かれた状況を確認しようと、唯一動かすことのできる視線を、狂ったように走らせる。
「――あ、あぁ…、あぁああぁ……っ!」
見渡した視界の先に下半身が映った瞬間、姫の口から痛々しい悲鳴が絞り出された。少女の太ももは、膝の上でばっさりと切断されていたのだ。しびれて感覚が無かったのではない。肉体そのものが欠損していたのだ。
「どう? さすがにこれで、逃げる気も失せたでしょ。言っておくけど、足だけじゃないからね、切り落としたのは」
その言葉に、フィオナ姫が弾かれたように腕の先へと視線を移す。
「そんな――ま、まさ…か――」
「そう――あなたの手が動かないのは、壁に埋め込められてるからじゃないの。だから万が一その拘束具が外れることがあっても、私は何の心配もいらない、というわけよ」
「ぅ…あぁ、あぁ……っ」
「ついでに、歯もぜんぶ差し替えておいたわ。舌で触ってごらんなさい。形は同じでも、マシュマロみたいに柔らかい素材になってるでしょう? これで、舌を噛み切ることもできない。どうせこの先、フィオナが硬いものを口にすることなんて無いし、一石二鳥ってわけね♡」
「ひ…ひど…ぃ、酷すぎます…、こんな、こんな…ことって――」
死んだほうがましというのは、まさしく今の状況を言うのだろう。想像を絶する残虐非道な仕打ちに、フィオナ姫の高潔な魂は、地の底までも打ちのめされていた。
「うふふ、そんなに悲しむことないのに。今日からフィオナに、肉便器として生きる悦びを、骨の髄まで叩き込んであげるわ。あなたが存在すら知らなかった禁断の快楽を、たっぷり教えてあげるからね…♡」